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元気な枯れ木じいさん、ようこそ!  投稿者:川井 浩  投稿日:2007年 8月11日(土)00時16分56秒
  元気な枯れ木じいさん、ようこそ! 今年の暑さはなにか格別のような気がするのは私のぼろ車のクーラーが壊れてしまったせいかも知れませんが、それにしても暑い。 なにかこの例年にない蝉時雨をきくにつけ、実際には聞いたことが無いのですが、終戦の玉音放送を聴いたその日のような気がするのです。 それは硫黄島の映画を見たせいか、広島・長崎の原爆の報道を見たせいかもしれませんが、日本の夏にはなにか戦後レジームからの脱却などということばでは表現できない、盛りのなかに感ずる無力感・脱力感のようなものを感じてしまうのは、単に夏ばてをしているせいなんだろうか? まぁ、こちらも秋までには食欲も回復して元気にがんばりたいと存じます。 お互いにがんばりましょう(あ、これA総理の口癖っぽくていや)。  

ハンドメードリードとハンドメードタイプリード  投稿者:川井 浩  投稿日:2007年 8月11日(土)00時04分19秒
  MIDIAKI様、ご投稿ありがとうございます。 一般的にはHand Made Reedはもともと細いリードの幅の鋼板を1枚ごとに打ち抜いてから手作業で研磨し、音程を合わせることが多く、リードの研磨についてもかまぼこ状に研磨するなどの手の込んだ作業が行われます。 一本のリード製造にかける時間がすごく長いことになります。 また、それに使用されるリードフレームも内面が研磨してあって、リードとリードフレーム内側の壁との隙間を一定にかつスムーズにして、空気の漏れを最小限にするとか、ピアニッシモからフォルテまで幅広いダイナミックレンジの表現が可能となります。 一般的に金属疲労するまで時間がかかり、一定の金属疲労の後にHand Made Reed本来の切れ・Volume・音色のきまったアコになります。 一方、Hand Made Type Reedはイタリア語ではTypo A Manoと表記され絵いるケースが多いようですが、こちらはもともと鋼板の幅が10cmほどあるのをそれぞれの音程にふさわしい長さにカットし、そこからリード一枚分の幅にカット。その後の工程はほぼハンドメードタイプと同じのようですが、コストダウンをはかるため、ハンドメードリードほどの複雑な工程は省かれるようです。 リードの材質そのものの差もあるのかもしれません。 ハンドメードリードとハンドメードタイプのリードではやはりかなりの差がでるようです。  

残暑お見舞い申し上げます。  投稿者:元気な枯れ木じいさん  投稿日:2007年 8月10日(金)23時33分41秒
  お暑うございます。
残暑お見舞い申し上げます。
毎年のことで 当たり前ですが アツイですね。

ここ半年ほど 肩の痛みにマイッています。 かかりつけの名医が 申されるのには
カレーが(加齢?)原因で なおらない(こともある)そうで クヤシイけれど いよいよ
年をとったかな。 と 観念しているところです。 (クチは達者です)
永年続けていた 老人ホームへの 慰問演奏も やっと1000回を 達成したので
足を洗って 肩を休めています。 ウデは がた落ちです。
弾かなくなったセイか アコに カビが生えてきました。 年は取りたくネェものです。

秋までにはなんとか 回復して また カラ元気の風を 吹かせたいと思っています。
 

リードの種類他  投稿者:MIDIAKI  投稿日:2007年 8月10日(金)09時35分31秒
  ご無沙汰しております、川井さんのアコーデォン紹介で、ハンドメード・リードとハンドメード・タイプリードと有りますが、どの様に違うのですか?
最近流行歌の話題が出ましたが、演歌も流行歌の部類だとすれば、私は15年ほどひたすら伴奏していますが、最近の皆さんは年配の方でもなつメロは殆ど歌いません。 なつメロの方がシンプルで分かりやすい曲が多いので、演奏もし易いのですが、最近の曲は難しいですね。 何とかこなしている内に楽器も歌わせる事が多少なりとも出来る様になりましたが、これも奥が深いですね、今の時代の曲は今の時代を反映しているのか、複雑です。
 

今週の旅立ち  投稿者:川井 浩  投稿日:2007年 8月 8日(水)19時24分52秒
  5リード、それも純正ハンドメードリードの5リード、それもHMMMLのエレガントなミュゼットTuning。 純白にピンクのデザインもイブニングドレスを着た貴婦人のよう。 このアコを愛してやまない紳士のもとへ旅立っていきました。 迫力のあるダイナミックなサウンドでありながらピッコロのピアニッシモで泣かせるにくいアコ。 体力のない人には無理。
 

re:流行歌  投稿者:たしろ  投稿日:2007年 8月 7日(火)22時56分10秒
  それぞれの時代に人々の心を捉えることができたものは、やはりその時代背景にマッチした内容であったり、キャラクタがらみの場合はキャラクタの魅力やパフォーマンスの魅力に負うところが大きいでしょうね。

ただ、忘れてはならないのはメディアの存在です。音楽の場合は、楽譜の形で残す方法がほぼ確立された後もなお「時間の芸術」としてその場に居合わせなければ耳にすることが出来ない・・・従って、聞いて記憶といった形のみが伝承媒体だった時代がつい最近まで続きました。

その後エジソンの発明以来メディアが大きく進化し、音の記録が出来るようになり、一方電気通信技術やコンピュータの発達によってラジオからテレビ、そしてデジタルメディアの時代まで進んで参りました。だから、YouTubeやvideo.Googleなんて本当に凄いものが実現したものだと思います。

このようなことから流行歌を共有する年代層やアクセス層というのがあるんですね、ま、年齢を重ねることで好みも替わって来るということもまた有るかも知れません・・・。

広島で3歳の時に被爆してこの4月に急逝した友人の偲ぶ会を昨日営み、会の最後に僕のアコーディオンで「原爆許すまじ」を参加者全員に歌って貰ったのですが、このうたも歌える層が限られてきたようですが、これも仮に流行の一つに数えるとすると要素が多岐に跨りますね。ま、これは恒久的な課題だと思いたいですが。
 

スロベニアの流行歌  投稿者:川井 浩  投稿日:2007年 8月 4日(土)21時16分24秒
  どうもSlovenjaではTurbo AngelesとAtomik Harmonikのお色気シリーズがまだはやっているらしい。 これも「解放」とか「自由化」とか「西欧化」の影響なんだろうか? ともにアコがちゃんと入っているのがうれしい。 こちらは悲しい過去をあまり考えずに一般的に楽しそうなことを感じながらいっしょになって歌えるのが大いによろしい。

Turbo Angels - Na Bahame
http://www.youtube.com/watch?v=fkPLlPc2I-Q&NR=1

ATOMIK HARMONIK Goveja ?upca
http://www.youtube.com/watch?v=zy8rfhjHiMk&mode=related&search=
 

流行歌  投稿者:川井 浩  投稿日:2007年 8月 4日(土)07時42分14秒
  よく考えれば、はやり歌というものはそれぞれの時代時代に存在していたわけですね。 万葉の昔から、ご法度でがんじがらめだった江戸時代の農民や一般庶民の間にも禁じられても歌われた歌や、詩があったわけです。 長い間、祖国をもてなかったユダヤの民が迫害にあいながらも民族としてのIdentity・まとまりを保てたのも民族共通の思いに基づいた歌や踊りがあったともいわれる。戦時中のおしつけで軍歌を歌わせるのも軍部が兵士の士気を鼓舞したり、死ぬことへの恐怖を薄めさせるためという歌や詩の悪用もあれば、いくら軍部が禁じても兵隊が歌ってしまう歌もあった。 第二次世界大戦の末期、疲弊したドイツ軍の兵士も死の恐怖と戦いながら突撃した連合軍の兵士も同様に歌ったのが「リリー・マルレーン」だ。 敵軍の歌うリリー・マルレーンを聴いて、思わず合唱してしまった兵士もいたという。 亡命先の英国で祖国ドイツを思って英語で歌ったマレーネ・ディートリッヒの想いはいかばかりだったろうか。
http://www.youtube.com/watch?v=nfllUtxDriA

第一次世界大戦の末期、1918年に戦争に疲弊した兵士の間にも、兵士の帰りを待つ祖国の人々にも歌われたのが「Til we meet again」だ。 http://www.firstworldwar.com/audio/tillwemeetagain.htm

ブルガリアまでつれてこられたロシア兵が歌った「バルカンの星の下に」も、おそらくロシア軍の軍部は兵士がこの歌を歌うのを禁じていたに違いない。 「♪おどんがぼんぎりぼんぎり」と歌う防人の歌も、おそらく禁じられた歌だったろう。 阿九悠という作詞家がどれほどのヒット曲を生んだかもしれないが、本人の弁でもまさかヒットする詩をつくれるなんて考えたこともなかったと言っている。時代が彼を作ったという面もあるのだろう。

また流行歌手あるいはアイドルというのもいつの時代にも存在してきたわけですね。 なぜか突然流行歌手になってしまい、本当の自分とスター(虚像)としての自分の見分けがつかなくなってしまい、精神的に耐えられなくなってだめになってしまったスターも多い。 私の神様エルビスもその突然のスターダムの中に自らを見失い、崩れて去ってしまった過程をみるのは悲惨だ。 水原弘が飲みすぎで死んだのは急にスターになったためかどうかの因果関係の証明はありませんが、おそらくそうだったんでしょう。 若いころ一時もてはやされたアイドル女優がその夢を捨てきれずいつまでもスター気分でいるこっけいで悲惨な状況はそれ自体がよく映画化されるテーマだ。 無声映画の大女優がトーキーになってその方言丸出しの悪声で主役の座を下ろされ、逆に歌や踊りのうまい新人女優にとって代わられるのを痛快に描いたのがミュージカルの傑作「雨に歌えば」だ。 時代時代にスターもはやり歌も変わる。 いつの時代にもはやり歌がある。 いまでもきっとはやり歌がある。 今のはやり歌に気分的に乗っかれない私、還暦のおじさん。 昔のはやり歌の方が感動する。 これ歳のせい。 いたしかたない。 インディアン嘘つかない。

http://video.google.com/videoplay?docid=4797627620551170412

 

re:りんごの歌  投稿者:たしろ  投稿日:2007年 8月 3日(金)07時32分11秒
  仰るとおりですね。特に、ラジオを通じて全国に流された歌は多くの人が耳にし、くちずさみ、励まされたと思います。そして、あの時代のラジオと言えば、今でも「尋ね人」の放送が耳に残っています。あの放送は何年頃まで続いたでしょうね。
さて、「りんごの歌」ですが、どうもあれは「都会の歌」という印象がぬぐえません。そこで全国区になりそうな歌を探すと「ふるさと」や「赤とんぼ」などとなり、戦時体験との関連で探すと「里の秋」くらいしか思い当たらないありさまです。どうなんでしょう?

先の選挙について一言述べれば、選挙制度をいじってきた人達が、自分で自分の運命を決めたように見えるところがあって滑稽さを通り越していますが、一番気になるのは投票率の悪さかな。政治は他人事ではないと僕は思うのですが不思議ですね、日本人って。戦時体験でさえ他人事になって仕舞いがちなところが。自分の問題として考える、アコだってそうだと思います。キーをなぞって蛇腹を操作すれば音は出ますが、それぢゃ演奏とは言えないように思います。「演奏に魂を」と「一票を投じる」こととは全く共通しているというのが僕の考えで、だから政治は決してタブーなんかにしちゃいけないと思います。
 

りんごの歌  投稿者:川井 浩  投稿日:2007年 8月 2日(木)07時55分13秒
  たしろ様、それが日本では戦後の「りんごの歌」その他ではなかったのかと思うのです。 当時の日本人にはそれが、つらい過去との別れでもあり、不確かながら明るい希望の見えた時代、あるいは希望を持つことを許された時代の共通の喜びの歌だったのではないかと思われます。 歌詞も「りんごはなんにも言わないけれど、りんごの気持ちは良くわかる」とあるように、それぞれの体験は一様ではないにしても、一様だったことは皆がつらい思いをしたということであって、この歌詞はいかに悲惨な戦争だったか、何人家族を失ったかなどと具体的に言わずに、「なんにも言わない」けれど、あるいはそれだからこそ、みんなの「気持ちは良くわかる」ので、万人が愛唱した、のではないかと思われます。 そんなつらい過去が無いと人の心はひとつにはならないという悲しい現実があるということが悲しい。 先日の選挙では国民の怒りがかなりひとつの感情の共有になったという場面があったように思われますが、これも現実への怒りという点で共通の感情をもったということが悲しい。 おっと、政治の話は抜き。 これがそんな怒りを通過して、すばらしい世界がやってきて、みんなでそんなハッピーな共通の感情をたたえる歌に酔いしれる、なんて夢、でしょうねぇ。 おっとまた愚痴。 せめてアコの世界で喜びを共有して楽しみましょう。